新年のご挨拶が遅れ、この時期になってしまいました。この時期は例年、学位審査の時期でもあり、先週も教室員の予行演習が何件かありました。最近では学位の意義が薄れ、世の中は極端な専門医志向になっていると実感します。学会に行くと、専門医単位取得の指定講演への長蛇の列に遭遇します。その裏で行われている学術講演はがらがらだったりします。昔から学位は「足の裏の米粒」だと比喩されていて、その心は「取らなくては気持ち悪いが、取っても食えない」と言われてきました。また学位を取るための研究はドイツ語でTitel work(ティーテルワーク)と呼ばれ、一定期間我慢して勤しむ修行という意味合いが強かったのです。しかし専門医全盛の今の時代においてこそ学位の重要性が増すと実感しています。
 論文受理までの道のりは確かに長いです。少し背伸びして著明な学術誌に投稿した論文が一回で受理(accept)されることはなく、大体不受理(reject)を喰い、別の学術誌に投稿することを繰り返し、最終的に受理されるまでに1-2年かかることもざらです。したがって最初の投稿の際にはいつも「long journeyの始まりだな」と実感するわけです。その分、受理されたときの喜びはひとしおで、この喜びを得るために壮大な努力を重ねていると言っても過言ではありません。欧文誌の公表で最も誇らしくて嬉しいのは、その成果が全世界に配信されることです。それにより世界中の多くの研究者と知り合いになったり、国際学会で声をかけられたりと、一気に国際人になり(笑)、視野がおおきく拡がります。
  論文はintroduction, materials and methods, results, discussionから構成されますが、最も重要なのはどこかと問われると、即座にintroductionだと断言します。introductionでは、そもそも何が問題で、何を解決しようとするのかを説明します。これができれば論文は完成したも同然です。問題点が明確でないと思考が濁ります。臨床でも同じではないでしょうか?複雑な検査成績から何が問題なのかを炙り出す作業が臨床の基本だからです。さらに得られたdataに論理的洞察を加え、科学的に結論を導き出す作業も同じです。
 さて、論文が受理されたらいよいよ学位申請し、審査です。審査は主査、副査の計3名の前でプレゼンテーションを行います。そのための準備として教室で予行演習を重ねます。これは専門を異にする医局員が参加して討論するもので、この段階で大幅な手直しが入ります。専門分野が異なる先生の意見は極めて重要で、論理的かつ明快に説明しなければ異分野の人にはなかなか理解できません。このあたりも臨床と同じで、素人の患者様に説明する際のヒントがたくさん隠されています。
 このように考えると、学位を取るための道のりは容易ではありませんが、医師としての素養を鍛える絶好のプロセスと言えるかも知れません。私は学位とは?と問われると、「道半ばの登山」と答えます。その心は「降りても失うものはないが、登り切れば初めて見えるものがある」。若い医局員の先生が学位を取得するために日々重ねている地道な努力に敬意を表します。

                                                   令和2年3月 出雲にて。

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R2年1月 バンコクでの内視鏡手術セミナーにて。