R8年初頭のご挨拶R-----退官をむかえて

2014年に島根大学に着任して12年が経過しようとしており、2026年3月で退官を迎えます。この場を借りて、12年を振り返った思い出をご紹介させていただきます。

島根では日々車で通勤、島根大学の学内駐車場はゲートもなく開放されていて驚き、地方の良さを実感しました。また出雲空港が市内から車で20分、駐車料金無料というのも、出張が多い身としては大いに助かりました。山陰からではやはり飛行機での移動が多く、年間往復130-140回ぐらい機上しました。羽田空港まで1時間ちょっとで着きますので、やくもで3時間かかる岡山よりは東京の方がずっと近くに感じておりました。1時間ちょっとで着く東京は、島根から最も近い都市だったかも知れません。

松江の風光明媚な宍道湖の景色が大好きで、他にも国宝松江城、和庭日本一の足立美術館、世界遺産石見銀山や、県内に多数ある温泉秘湯めぐりなど、島根県を堪能させていただきました。出雲大社には、お客さんが来る度に案内をし、何度行ったかわかりません。ただ、10〜11月の神在月には全国から出雲に参拝者が押し寄せて宿が取れず、この時期講演会でお呼びする演者の先生の宿探しに苦労しました。

 一方、不便さも体験しました。JR山陰線はちょっとした風雨や雪ですぐに止まるため、外勤先の益田市に取り残されたことや、伯備線もすぐに止まるため、経由地の岡山から帰れなくなったことなど、交通には苦労しました。特に2022年12月に主催した日本婦人科がん分子標的研究会では、前日の大雪で飛行機が全面ストップ、伯備線もストップとなり、島根に入る交通網が全て遮断され、島根が陸の孤島であることを実感しました。発表者が来ることができず、前日に急遽Webに変更して何とか開催にこぎつけました。これを機に島根で得た教訓は、「冬には決して学会をするな」でした。ところが翌年主催した日本婦人科腫瘍学会では、7月開催で絶対に大丈夫だろうと思っていると、開催1週間前に希有な大雨で出雲市の一部が冠水、伯備線が止まりました。これが1週間前で良かったと安堵していたら、何と学会前日にも再び同じような大雨となり、伯備線が全面ストップ、初日の会長招宴の前に岡山で足止めを食っている参加者からの電話が鳴り響き、慌てふためきました。こうなっては、普段から私の行いが悪いせいかと思わざるを得ませんでした。

 診療に関しては、医学部が島根県で唯一なのと、関連病院のほとんどが同門会の先生方で占められているため、県内産婦人科の運営はとてもやりやすかったです。コロナ禍には、関連病院の部長先生に急遽医局に集まっていただき、対応を夜半まで協議して、マニュアルを作成したのは忘れられない思い出です。県の総合周産期母子医療センターは、2020年までは島根県立中央病院でしたが、2021年から島根大学に移管しました。総合周産期母子医療センターの移管というのは中々大変な事業ですが、これも県立中央病院の故栗岡裕子部長、奈良井曜子部長が同門会員で、岩成治同門会理事長などのご協力があり成し遂げられたもので、心より感謝申し上げます。

 研究に関しては、手術件数年間700件、分娩数500-600件を医局員10数名でこなしている一地方大学としては、皆頑張ってくれました。留学生達との協働作業で12年間に200報近くの英語論文を公表することができ、頑張ってくれた医局員や留学生達に心より感謝致します。また科研費も助教以上のスタッフはほぼ全員が獲得するという快挙と、可能な限りの外部資金も頑張って獲得できた結果、研究費を気にすることなく思う存分研究ができたのではないかと思います。

 入局対策は地方大学が最も苦労する部分だと思いますが、何とか12年間毎年入局者を迎えることができました(離脱者もいますが---)。人数的には都市部の大学に比べると何とも情けない話でありますが、昨今、専攻医の都市部志向の強い中、関連病院で研修した先生を地道に勧誘してくださった同門の先生に心より御礼申し上げます。4月からも島根県立中央病院から新専攻医として松原瑠南先生をお迎えすることができ、ホッとしています。

 退官まであとわずかとなりましたが、退官式典ではおめでとうという言葉が発せられます。辞めるのに何がおめでとうなの?と、これまでは感じていましたが、自分がその立場になってこの言葉の真意を実感します。無事にやめられることをあらためて同門会の先生、医局員、お世話になった諸先生に感謝したいと思います。本当にありがとうございました。4月からは新体制となりますが、引き続き島根大学産婦人科を何卒よろしくお願い申し上げます。

このページのトップへ